【決断】
30年のSTORY-1 からの続き
中学時代は
- バスケットは区で3位と残念な結果
- 陸上競技大会では身長よりも高い172cmを飛んで都大会出場
- 体育優良生徒として卒業時に表彰
といった感じで、体育バカな私は
東京都立駒場高等学校 保健体育科
に進みました。フィットネス業界に先輩や後輩がちらほらいます(^^)
中学の部活を引退後、父親が好きな「アメリカンフットボール(大人になってからスーパーボウルの試合観戦ツアーをプレゼントしました。人生で唯一の親孝行…笑)」に興味を持ち、しばらく草アメフトをしていました(49ersのジョー・モンタナが全盛の時代)。
高校の合格発表時に「アメフト部はありますか?」と先生に確認したところ「アメフトはないけどサッカー部はあるよ」と言われ、さらにはこの保健体育科、「部活=選考種目(授業の一環)」となっており、体育の教官が顧問の部活だけがその選考種目で、
男子はなんと
サッカー / 陸上 / 水泳 / 柔道 / 体操 のみ。。。
(普通科の中に1クラスだけ保健体育科があるという事情)
アメフトをやる気満々だったのでかなり凹みました。というより、受験の前にしっかり調べろって話なのですが(汗)。
中学の体育の先生に相談したところ
「苦手な種目をやってみれば?」と。
球技は大好き(サッカーは下手くそですが)だったので、苦手なのは水泳 / 柔道 / 体操
ジャニーズに憧れていて、少年隊の歌番組をビデオに撮ってバク転の練習とかしていたので
「これは体操をやれってことだ!」
ということで体操部への入部を決断。
ですが、この決断が「地獄」のはじまりでした。
人生は「決断」で大きく変わっていきます。

高校から体操を始めると一番の壁は
「恐怖心」
落下する恐怖、カラダを空中に放り出す恐怖、吊り輪や鉄棒など高い所で演技する恐怖(高所恐怖症なので)。
そして
「痛み」
とくに下手な時は、手に力が入りすぎて、手の平にまめができるのですが、それが剥ける。でもその手でまた鉄棒を握らないといけない。タンマ(体操選手がつけている白い粉:炭酸マグネシウム)を傷口にすり込みながらの練習。。。
好きならまだしも、苦手なスポーツを痛みを伴いながら
「花の高校3年間の部活生活」
をささげなければならなかったのはまさに「地獄」でした。
余談になりますが、違う意味でもこの学校には「地獄」は存在していました(^^;
大好きな運動をしたくて入学した学校でしたが、好きではない苦手な「体操」という種目を3年間やることになり、かなりきつかったですが、この「決断」をしたのは自分。なんとかやり遂げることができたのは、この高校時代の仲間の存在。
部活以外の生活が楽しく、そこに救われました。もちろん部活でも楽しいことは沢山ありました(^^)

そして、この「苦手なことを3年間続けたこと」が後の人生で役に立ったのは間違いないです。
何をやるにも
「あの3年間に比べたら」
と思えると、なんてことはないからです(^^)
今となっては「恐怖」や「痛み」の克服の仕方を体操を通じて学んでいた気がします。「今となっては」ですが(^^;;
また「体を操る」ことを身に付けたことは、今の仕事「FITNESS」に大きく役立っています。
ちなみに体操部の1つ下と2つ下の後輩が今も同業者で活躍しています!!
・STORY-3 に続く
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